【中田考×内田樹 後編】「どうやって価値を生み出す人間を囲い込むか?」が国家の緊急の死活問題
■イスラームの復活とアメリカの世紀の終焉
中田:「利他的なものがないと力が出ない」という意味では、それが一番はっきりしているのがタリバンなんです。タリバンの場合の原動力は国じゃなくて宗教、神のため、になるわけですが、まさにそのために子供のときからずっと宗教も戦争も続けてきた人たちです。彼らは全て「神のため、他人のため」にやっているわけですが、日本人にはそこがやはり理解できないわけですよね。
内田:「週刊プレイボーイ」での中田先生との対談では、2001年までの第一次タリバン政権と第二次タリバン政権の間の20年で彼らも経験を積んで、昔は原理主義的だったタリバンもだいぶ角がとれて、政治的にふるまえるようになったという話を伺いました。
今回の第二次タリバン政権は、国内的にはこれでしばらく持つと思うのですけれども、このあと外からの干渉があるとするとどんな可能性がありますか?
中田:まず一つには、タリバン自体はイスラーム国とはイデオロギーが全く違いますし、周辺国に対してテロ活動はしないんですけれども、アメリカ軍の撤収のどさくさにまぎれてアメリカ軍とアフガニスタン前政権の治安当局が管理していた牢獄が解放されてしまい、つかまっていたイスラーム国のメンバーも他の囚人にまぎれて逃げてしまったんです。その結果イスラーム国が復活してしまいました。イスラーム国はタリバンとも敵対していますが、もう力を盛り返しているんです。
この問題については、これまでの親米政権が20年やってもだめだったんですから、タリバンの協力を得て、イスラーム国などのタリバンではない勢力を抑えることが先決です。
先ほど講演(【中田考】凱風館講演 後編)で話題にした「上海協力機構」は、欧米とは違ってタリバンに「人権を守れ」みたいなことは言いません。しかし自分たちの国でイスラーム原理主義と呼ばれる人たちに活動されるのは困るから、それを抑えるようにタリバンに圧力をかけていく形なります。それでもなかなか抑えきれない現状は確かにありますね。
また、イスラーム全体が最終的にはカリフ制を求めているのは確かですが、その上で、手段として「平和にやっていこう」という考え方がイスラームの主流です。それに対して「平和的にやってもうまくいかない」と主張する人たちが、タリバンの勝利でいきおい付いていることも確かです。
これまで全てのイスラーム改革が失敗してきたこともあり、特にスンナ派では、タリバンが嫌いな人でも真面目なイスラーム教徒は、タリバンが勝ったことを喜んでいます。その意味で、今回のタリバンの勝利はイスラーム政治運動に「もう一回頑張ろう」という力を与えていますね。
その流れを嫌うヨーロッパからの干渉は当然出てきますし、あるいはアラブの国々も、その流れが自分たちの国に波及してきて、改革運動が起きる非常に困りますから、当然干渉していきます。
アラブ諸国は現在、トランプ大統領時代の「アブラハム合意」でイスラエルを認めたことでめちゃくちゃになっています。
アブラハム合意では例えばUAEとイスラエルとの間でビザが出るようになりました。イスラエルは一応敵国なわけですが、敵国であっても国民は一人一人は違いますから、敵対的でない者にビザを発給するのは全然かまわないと私は思っています。しかしイスラエルにはビザを出すのに、より貧しい周辺の同胞のアラブの国々の国民にはビザを出さないのはどう考えてもおかしい。本来自分たちの仲間であって助けるべきスーダンやイエメンといったイスラーム教徒の国の仕事がなくて豊かなUAEに仕事を求めて来ようとする人間は受け入れず国内に入れないのに、イスラエルあるいはユダヤ人の人たちは自由に貿易をやってお金を儲けても構わない。これは当然正義に反します。
イスラーム教徒の怒りはありますから、こういうことをなりふり構わずやっているのではいつまでもは保たないと思います。これはイスラームの中で起こっている問題で、具体的に問題になっているのはサウジアラビアとUAEですね。
内田:なるほど。
中田:このようにアラブ世界は捻れてしまっていますから、その分タリバン政権の成立によって、今までずっと失敗してきたスンナ派のイスラーム運動がまた元気になっている部分はあると思います。イラン革命を思い出すところもあるのでしょう。講演でも話したとおり(【中田考】凱風館講演 後編)、とにかくアメリカ軍撤退がビジュアルとしてすごく衝撃がありましたから。日本人にとってタリバンはすごく遠い存在なわけですけれども、今日もこうしてこれだけの人が関心をもって集まってくれたわけですし。
内田:そうですよね。自分の生活とはなんの関係もないタリバンの話を聞くために、今日これだけの人が集まっている。それだけカブールからの米軍撤退の時の映像のインパクトが強かったということだと思います。あのビジュアルの衝撃はイラン革命以来ですね。
中田:「ビジュアルって大切なんだな」「テレビの意見って重要なんだな」と、今回改めて実感しました
内田樹(うちだ・たつる)
1950(昭和25)年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒。現在、神戸女学院大学文学部総合文化学科教授。専門はフランス現代思想。ブログ「内田樹の研究室」を拠点に武道(合気道六段)、ユダヤ、教育、アメリカ、中国、メディアなど幅広いテーマを縦横無尽に論じて多くの読者を得ている。『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)で第六回小林秀雄賞受賞、『日本辺境論』(新潮新書)で第三回新書大賞を受賞。二〇一〇年七月より大阪市特別顧問に就任。近著に『沈む日本を愛せますか?』(高橋源一郎との共著、ロッキング・オン)、『もういちど村上春樹にご用心』(アルテスパブリッシング)、『武道的思考』(筑摩選書)、『街場のマンガ論』(小学館)、『おせっかい教育論』(鷲田清一他との共著、140B)、『街場のメディア論』(光文社新書)、『若者よ、マルクスを読もう』(石川康宏との共著、かもがわ出版)など。最新刊は、『コロナ後の世界』(文藝春秋)、『戦後民主主義の僕から一票』(SB新書)がある。
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